強制執行

A.ここでは、公正証書作成上の注意点と強制執行手続の概略について説明します。
【注意点】
  公正証書に強制執行認諾文言がある場合、養育費支払条項など金銭債権については、裁判所の判決を経なくとも、不履行があれば、相手方の給与債権や預金債権を差し押さえることができます。ただし、金銭については金額が特定されていなければなりません。「大学の入学金を支払う」と記載されていても、大学の入学金がいくらであるかわかりませんから、強制執行の対象にはなりません。
  また、養育費などの場合、「大学を卒業するまで」と記載されていても、留年したり、浪人したりしてその終期が不明であるため、強制執行の対象になりません。すなわち、始期と終期を明確にする必要があります。
  このように公正証書によって金銭債権を強制執行ができようにするためには、一定の条件が必要です。公正証書を作成するときには、これらの点に注意しなければなりません。
  まとめますと、① 強制執行認諾文言があること、② 金銭債権であること、③ 金額が特定されていること(大学の入学金とか、ローンの支払額ではだめです。)、④ 支払時期(分割払の場合はその始期と終期)が特定されていることが必要になります。強制執行が可能な公正証書を作成する場合は、これらの点を十分認識することが肝要です。
【手続の概略】(給与債権を執行する場合)
  ①公正証書の正本、②執行文及び③送達証明書の3つを強制執行するための3点セットと呼んでいます。この3つをそろえて、地方裁判所の債権執行係に強制執行の申立てをします。申立ては、債務者の住所を管轄する裁判所に行います。申立てのための書式は、裁判所にそろえてあるほか、東京地裁民事執行センターのホームページからダウンロードすることができます。
  申立てを行うと、裁判所書記官の審査、裁判官の審査を経て、債権差押命令が発令されます。これは、債務者の給与債権の債務者である勤務先に対し、債務者への給与債権の一部を差し押さえることを命じるものです。この場合、債務者の勤務先のことを第三債務者といいます。第三債務者は、債務者に差押部分の給与を支払うことを禁じられます。その際、勤務先からは、裁判所に対し、実際に債務者が勤務しており給与を支払っているかなどを記載した陳述書を提出してもらいます。勤務先は、差し押さえた部分を① 供託することができます。この場合は、裁判所において、弁済金交付手続を行います。② 債権者が直接取り立てた場合(勤務先と相談して受けとる方法を決めます。送金してもらう場合は、送金費用は債権者の一時負担になります。)は、裁判所に取立届を提出します。万一、給与債権が他の債権者からも差し押さえていた場合は、勤務先は、必ず供託をしなければなりません。その場合は、裁判所が配当手続を行って、債権額に比例して支払われることになります。

A.① 強制執行認諾文言付の公正証書正本、② 執行文、③ 送達証明書の3つが必要です。これを執行3点セットといいます。この執行3点セットとともに、相手方の住所地を管轄する地方裁判所の債権執行係に給与債権差押えの申立てを行います。さらに、相手方の住民票と勤務先の情報が必要です。会社が雇用している場合は勤務先会社の資格証明書(商業登記簿謄本又は代表者事項資格証明書/法務局で入手)、勤務先が個人の場合はその住民票が必要です。
 【強制執行認諾文言付公正証書正本】
  養育費支払の給付文言を付した強制執行認諾文言付の公正証書を作成した場合について説明させていただきます(一部Q1と重なります。)。
  まず、公正証書の正本が必要です。これは、公証役場から公正証書作成時に渡されているはずです。強制執行をすることができる公的な文書を「債務名義」といいます。債務名義は、「差押えがしたい相手に対し、自分の債権の存在、範囲を証明した文書」です。強制執行認諾文言(強制執行されても異議はない旨の記載)のある公正証書は典型的な債務名義です。債務名義としては、そのほか確定判決、裁判所の調停調書、和解調書仮執行宣言付支払督促などがあります。
 【執行文】
  執行文とは、その公正証書が、民事執行手続において、請求権が存在し、強制執行できる状態にあることを公証する書面です。公正証書の執行文は公証人が発行します。執行文には、単純執行文承継執行文(相続などがあった場合)、事実到来(条件成就)執行文(ある条件・例えば、大学に入学した場合など)が整った場合に付与することができる執行文のこと。Q4で説明があります。)があります。執行文は、債務名義(公正証書正本)の一番後ろに添付します。
 【送達証明書】
  公正証書謄本が債務者(相手方)に送達されていることを証明する公証役場の証明書です。強制執行をするためには、債務名義(公正証書や判決等)を相手方に送達したことを証明する必要があります。これは、強制執行手続に着手できる書面(債務名義)が存在することを改めて相手方に知らせるとともに、不服申立ての機会を与えるためです。公正証書の送達は、交付によって行う交付送達と、特別送達という特殊な方法による郵便送達手続があります。送達をするには、公証役場に送達申請をする必要があります。公正証書作成時に相手方に公正証書謄本を渡すことがありますが、その際に交付送達申請をしておくと、その場で送達証明書を受け取れます(この方法を推奨しています。交付送達申請をしないと、公正証書作成時に事実上相手方に公正証書謄本が渡っていても、送達証明書を受け取るためには、改めて公正証書謄本を作成した上、これを相手方に特別送達しなければなりません。)

 

 

A.強制執行をするためには、送達手続が適正に行われる必要があります。
 【強制執行をするために】
  執行文が付与された債務名義のことを「執行力のある債務名義の正本(執行正本)」といいます。執行文が付与された公正証書の正本がこれに当たります(公正証書の謄本は債務名義ではありません。)。強制執行を行うには、この債務名義の正本(公正証書正本と執行文)があるだけでは不十分で、それらの書類を相手に送達したことを証明する必要があります。送達証明といいます。債権者の申立てによって実施される強制執行において、相手にどのような債務名義に基いて行われるのかをあらかじめ周知させなければならないからです。あらかじめ告知することにより、弁済や反論の機会を相手に与える目的があります。
  公証役場と強制執行を担当する裁判所は全く別の機関ですので、債務名義の正本の送達が行われたことを執行機関に証明しなければなりません。この証明する書類を送達証明書といいます。送達証明書は、公正証書作成後、公証役場に申請しないと発行することができません。公正証書成立後すぐに相手方に手渡すことが一般的です。送達申請をすると、公証役場から交付送達をしたことを証明してもらえますので、この方法が一番便利だと思います(費用は、1通につき手数料1650円です。)。交付送達をしなかった場合(債務者が代理人であった場合は、債務者本人に特別送達をしないと送達報告書を発行できません。)、支払に滞りが出て強制執行をしなければならないとき、改めて公正証書の謄本を作成し、これを特別送達の方法で相手方に送達しなければならず、手間と費用が余分にかかります(強制執行に至らなければ、当初の交付送達費用は無駄に終わるので、一概に交付送達の手続をとらないことを非難できませんが、相手方が出頭した場合は、一般的には公正証書作成時に交付手続をしておく方が無難でしょう。)。ただし、相手方が代理人であった場合には、交付送達手続によることができず、特別送達手続によらなければなりません。
 【送達の方法】
  送達とは、法律の定める方法により債務者や保証人に対し公正証書の謄本を送付・到達させることです。相手が公正証書の謄本を事実上所持しているだけでは送達したことにはなりません。送達の目的は、債務者等に書類の内容を確認させ、送付の日時などを明らかにして後日の紛争を防ぐことにあります。ですから、どのような書類が、いつ、どこで、誰に、どのようにして交付されたかを明確にしておく必要があるのです。
  公正証書作成時に公証人から債務者に手渡しただけでは送達したことにはならず、送達申請をするなど定められた手順を踏む必要があります。公正証書の送達の方法には、① 交付送達(債務名義の謄本を直接債務者に手渡しで交付する方法)、② 特別送達(判決や公正証書の送達のために、郵便法で定められた特殊な郵便方法(書留のさらに厳格なもの)、③ 公示送達(債務者の行方が不明で、送り場所も不明な場合に、債務者が出頭すればいつでも交付する旨を裁判所の掲示板に掲示することにより交付したとみなす方法)があります。
 【交付送達】
  交付送達による場合は、公正証書作成時に、公証人役場内で行わなければなりません。債務者等の本人が出頭して証書を作成した場合のみ、交付送達を行うことができます。代理人に対する送達は認められていません。手続としては、① 債権者(又は債権者代理人)が送達申立書に記入し、② 債務者等が公証人から公正証書謄本を受け取る。その後、③ 公証役場から送達証明書を発行することができます(公正証書作成当日に受領できます。)。
 【特別送達】
  作成当日でなく後日送達する場合や、債務者等の本人が出頭せず代理人で証書を作成した場合は、交付送達はできませんので、郵便による送達を行うことになります。その場合、① 債務者等の現住所を確認する(住民票や戸籍の附票等があれば最適)、② 債権者(又は債権者代理人)が送達申立書に記入して、公証役場へ提出し、③ 公証人が債務者等宛てに特別送達で公正証書の謄本を送ります。その上で、 債務者等が受け取ったら送達が完了し、 郵送事業会社からの通知が公証人役場に届き次第、送達証明書を発行することができます。なお、受送達者の住所、居所、営業所又は事務所において送達をする場合に受送達者が不在の場合は、使用人その他の従業者又は同居者であって書類の受領について相当のわきまえがある者に送達することができます(補充送達)。これらの者は、正当な理由なく送達を受けることを拒むことができません。実際の実施機関は、郵便事業会社です。
 【相手方住所地に送達したが、不在などで送達ができなかった場合】
  配達に伺い留守の場合は不在票になり、留置期間内に配達できなかった場合は差出人に戻ります。宛先不明との事、違う人が住んでる、空家、住所が間違っていた等が理由です。「宛所に訪ね当たらず」という理由で公証役場に返送された場合、相手の住民票を確認し、休日に住所地に送達します(休日送達)。それでも送達できない場合は、相手方の就業場所に送達することになります(就業場所送達)。プライバシー尊重の観点から就業場所送達はやむを得ない場合にされます。)。就業場所も分からず、相手方の調査方法を尽くしても相手方の居場所が分からない場合は、公示送達をすることになります。

 【公示送達】
  公示送達手続は、公証役場が行うのではなく、裁判所が行う手続です。当事者が裁判所に公示送達の申立てを行うことになります。公示送達が認められる要件として「当事者の住所、居所その他送達をすべき場所が知れない場合」とされています。「送達をすべき場所が知れない」とは、ただ公示送達の申立人が知らないというだけではなく、通常の調査方法を講じて探索したが判明しないという客観的なものであることを要するとされています。
  公示送達が現実には当事者等に書類の内容を了知させることはほとんど不可能に近いことから、送達場所が知れないことの認定は、客観的かつ具体的な資料に基づかなくてはならないとされており、住居所等が知れない場合に当たるかは、申立人から提出された証明資料等に基づいて判断されます。調査が不十分な場合は、公示送達の申立ては却下されます。万一、公示送達の要件がないのになされた公示送達は、無効とされ、強制執行手続が却下されることもあります。

A.執行文とは、その公正証書が執行力を持っていることの公証です。誰が誰に対してこれこれの範囲で強制執行することができるという確定的な文書になります。執行文は、公正証書正本の末尾に記載又は添付し、公証人がこれに記名押印します。そして、執行文を付与したことを公正証書原本に記載し、公証人が署名押印します。
  執行文の付与を申し立てることができる者は、公正証書に表示された債権者です。債権者の相続人(承継人)も執行文の付与を申し立てることができます。執行文の付与は、必ず文書で申し立てなければなりません。各公証役場には、執行文付与申立書の書式が用意してありますので、公証役場の指示に従って記入してください。申立人が法人の場合には、資格証明書(法人登記簿謄本or代表者事項証明書)が必要になる。債権者代理人が申立人である場合は、委任状が必要になります。
 ・執行文の文例
  債権者・〇〇〇〇は、債務者・〇〇〇〇に対し、この公正証書によって強制執行をすることができる。
     平成〇〇年〇月〇日
       〇〇市〇〇町〇〇番地
         〇〇地方法務局所属
            公証人  〇〇〇〇 ㊞


  執行文には、① 単純執行文と② 事実到来執行文(条件成就執行文)、③ 承継執行文があります。
  ②の事実到来執行文とは、公正証書に表示された給付請求が、債権者の証明すべき事実の到来に係るものである場合の執行文である。例えば、「子が大学に入学した場合は、金100万円を支払う。」という条項の場合、その子が大学に入学したことが強制執行の条件になりますので、債権者は、子が大学に入学したことを証明する文書(例えば、大学から入学証明書又は在籍証明書を発行してもらう。合格証明書は入学しているかどうか分からないからダメ)などを執行文付与申立書に添付し、その写しを改めて債務者に送達することになります。これは、債務者に反論(不服申立て)をする機会を与えるためである。
 ・事実到来執行文の文例
  債権者・〇〇〇〇は、別紙文書によりこの公正証書第〇条第〇号記載の事実の到来したことを証明したので、債務者・〇〇〇〇に対し、この公正証書によって強制執行をすることができる。
     平成〇〇年〇月〇日
       〇〇市〇〇町〇〇番地
         〇〇地方法務局所属
            公証人  〇〇〇〇 ㊞

 

A.【給与債権の差押手続】
  養育費を支払うという公正証書を作成したのに養育費の支払が滞った、債務弁済契約の公正証書を作成したのに、期限になっても支払ってもらえないなど、債務名義を持っているのに、相手方から支払をしてもらえない場合、裁判所に申立てをして相手方の給料や預金等から強制的に取立てをすることを債権差押手続といいます。(相手方の不動産に対する強制執行を行うこともできます。この場合の執行手続は債権執行とは異なります。)
  【申立て】
  債権差押手続を希望される場合、執行3点セット、相手方の住民票、勤務先法人の資格証明書、債権差押命令申立書、請求債権目録、差押債権目録などが必要です。申立書や目録は、申立人が記載する必要があります(弁護士や司法書士に依頼することもできます。)。詳しくは申し立てる予定の裁判所の債権執行係にお尋ねください。記載内容に誤りがある場合,訂正していただくこともありますので,申立書に使用された印鑑を持参してください。郵送等で提出された場合には訂正申立てをしていただく場合もあります。
  【 差押命令】
 ⑴  差押命令がなされると、差押命令正本を第三債務者に発送し,その後に債務者に発送します。
 ⑵  送達が完了した場合は、第三債務者及び債務者に対する送達日を記載した送達通知書を債権 者へ郵送します。不送達になったときは、不送達になった旨通知します。
  【取立て】
 ⑴  差押命令は、第三債務者(勤務先会社)に送達されます。第三債務者には、陳述催告書も一緒に送達されます。第三債務者(勤務先会社)から陳述書相手方に給与を支払っていること、その金額がいくらであるかなどが記載されます。)が裁判所に届きます。その後、裁判所から債権者に陳述書が送付されます(その意味で、給与の差押えは、勤務先会社には相応の負担になります。)
 ⑵ 送達日から1週間を経過すると、債権者は第三債務者から債権の取立てをすることができます。例えば送達日が9月1日であれば、9月2日から1週間目は9月8日であり、取立てが可能な日は9月9日からです。 取立てを行うには、債権者が第三債務者に連絡をし、振込み又は送金を依頼するなどの取立行為をしてください(取立ての費用は、申立人の負担ですので、送金手数料を差し引いて送金を依頼することになります。)。
  また,第三債務者が支払義務を負うのは、差押債権目録記載の債権額そのものではなく、その債権額の範囲で現実に存在する額に限られます。勤務先会社からの陳述 書で確認してください。
 ⑶ 第三債務者が供託したとき 第三債務者が差押えにかかる債権を供託したときは、債権者は取立てはできません。裁判所が弁済金交付手続又は配当の手続を行うことになります。
【 取立届・取下書の提出】
 ⑴  第三債務者から債権を取り立てたときは,その都度,取立届を裁判所に提出してください。その際の使用印は,債権差押命令申立書と同一のものを使用してください。差押債権目録記載 の債権を全額取り立てたときは,取立完了届を提出してください。
 ⑵  第三債務者の陳述書に差押えにかかる債権がない旨の記載があり,債権者がそのことを 争わないとき 、 事実上取立ては完了したが取立額が差押債権目録記載の金額に達しなかったとき 、 弁済があったり,話し合いの成立などで途中で取立てをやめるときは、取下書を提出してくっださい。

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A.法律上、差押が禁止されている債権があります。例えば、給料の差押えについては、原則として給付される給与額の4分の1しか差し押さえることができません。なぜなら、給与全てを差し押さえられると、差し押さえられた人が生活できなくなってしまい、生存権を守れなくなってしまうからです。継続的な給付の場合は、債権者にとっても給付が受けられないことになり、共倒れになります。ただし、養育費については、他の債権に比べて優先されています。
【民事執行法第152条】
1 次に掲げる債権については、その支払期に受けるべき給付の4分の3に相当する部分(その額が標準的な世帯の必要生計費を勘案して政令で定める額を超えるときは、政令で定める額に相当する部分)は、差し押さえてはならない。
  一  債務者が国及び地方公共団体以外の者から生計を維持するために支給を受ける継続的給付に係る債権
  二  給料賃金俸給退職年金及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る債権
2  退職手当及びその性質を有する給与に係る債権については、その給付の4分の3に相当する部分は、差し押さえてはならない
3  債権者が前条第一項各号(養育費など)に掲げる義務に係る金銭債権(金銭の支払を目的とする債権をいう。以下同じ。)を請求する場合における前2項の規定の適用については、前2項中「4分の3」とあるのは、「2分の1」とする。

【差押え禁止債権の説明】
  いわゆる給料などについては、4分の3については差押えができませんが、残りの4分の1については差押が可能ということになります(24万円の給与の場合は、6万円が差押え可能になります。)。手取り給与額が44万円を超えた場合は、債務者に33万円を残し、その余は給与全額差押えができます。退職金についても、同2項により、4分の1のみが差し押さえ可能となります。この4分の1といった基準額ですが、税金や健康保険などを除いたいわゆる手取り金額を基準にされています。
  養育費などの扶養義務に関する定期金債権の場合には、この「4分の3」は「2分の1」となり、子の保護、被扶養者の保護に資するようになっています。なお、生活保護費は、恩給、国民年金などと同様に、個別の法律によって差押禁止債権とされています。ただし、これが銀行や郵便局の預貯金になった場合は、預貯金債権になりますので、これを差押えすることは可能です。